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9月中旬の北穂高岳登頂3Days のガイド中、2日連続でヘリ救助がありました。
その前の9月上旬の同じツアーでも、2日連続でヘリ救助があったんですよね。

穂高界隈は北アルプスでは滑落事故が多い山域ではあるのですが、さすがに連日ヘリ救助が行われている状態に出会ったのは今回が初めてでした。しかも2週連続。
このあたりの山域は、体力があっても、他の山域でどんなに経験を積んでいても、安定した歩行技術を持っていないと転倒滑落のリスクが高い場所です。

普段、穂高を登り・下りしていても、周りの登山者の歩行技術の未熟ぶりに驚くことが多いので、そろそろ「岩稜・岩場向け」の歩き方の解説をしていきたいと思っていたところでした。

山の雑誌で「岩場特集」があってもあまり具体的な技術には触れられることがないんですよね。
先日たまたま読んでいた雑誌の「岩場特集」の技術解説ページの内容の薄さにビックリしました(小声)
ま、でも仕方ないですよね。
そもそも歩き方ですら、理論的な解説がされることがほとんどないですから。

ということで、今回のTwitterのツイートをきっかけにして、少し岩場歩きの技術を整理するために重い腰を上げることにしました。
これまで岩場歩き基礎講習・ザレ場歩き基礎講習では資料を作成してきましたが、十分に文章化がされてきているわけではないので、自分自身の頭の中にある知識をいったん全て棚卸しする意識で文章にしていきたいと思います。

何回かに分けて書いていきます。
まとめることなく、長文そのまま載せますので、お時間のある時にお読みください。

岩稜帯を登り下りする時のリスク

長野県山岳遭難防止常駐隊のツイートにあるように、ザイテングラート、北穂南稜、重太郎新道などは転倒・スリップによる滑落事故が多いです。
ただ、「穂高で滑落」というと、奥穂高岳-北穂高岳間の稜線上や大キレットといった「ザ・岩場」で、両手両足を使って三点支持で行動していて上手く行動出来ずに滑落してしまうというイメージがあるかもしれません。
しかし、実際にはそうした「ザ・岩場」では慎重に行動しますし、手を使っているので滑落する割合は低いのです。
とは言え、確率が低くても事故が起こった場合、致命的な結果になります。

また慎重にゆっくり動いていては、行動時間が長くなりすぎてしまい別のリスクが高まります。
行動時間が長ければそれだけ疲れますし、夏山だと午後に落雷に遇いやすくなります。
そもそも落石などのリスクもある場所なので、行動が早ければ良いというものではないですが、行動が遅いとリスクに長時間晒され続けることになります。

ですので、こうした岩場での登攀技術、下降技術(クライムダウン)は確実に身につけておくことで、安全かつスムーズに行動できることになります。

岩稜帯を歩く時のリスク

実際には滑落事故の数自体が多いのは上述したような岩の稜線から下っていく途中の「ザイテングラート、北穂南稜、重太郎新道」といったルート上です。
あえて分かりやすい言葉で説明すると、高度感を覚えたり「怖い」と感じるような場所よりも、それがやや感じにくくなった場所(上記3ルート)の方が事故が多いわけです。
前項で紹介したツイートでは「岩稜帯」と呼んでいますが、こうした3ルートは実際には「岩場・ザレ場・ガレ場が混じり、時々ハイマツなどの低木帯の中の道」といった場所です。
もちろんその大半が急斜面ではあるのですが、切り立った岩の斜面の中の道であれば緊張感を持って行動できると思いますが、ハイマツ帯の中にジグザクについたザレ場やガレ場の道になると、人はどうしても緊張感を解いてしまうものです。

しかし、こうした場所では仮にスリップして数m滑落をしただけでも、斜度がきついために勢いよく滑落するため、岩などに当たれば骨折してしまいます。
また、滑落した際に樹林帯に突っ込めば滑落が止まりそうですが、低木帯の場合はそのまま低木の上を転がって大きな滑落につながってしまう可能性もあります。

こうした急斜面でも尻餅をついて止まる程度の軽微なスリップなら事故にはなりません。
しかし、少しでも勢いのついたスリップや転倒をすると、それを止めることが難しくなり、運よく止まっても勢いがある分だけ骨折してしまう可能性が高いのです。
それだけこうした岩稜帯のルートはスリップ・転倒をした時のリスクが普通のルートよりも高いわけです。

そして、そうしたリスクのある区間を長く歩くことで、事故の発生率が高くなってしまうという側面も忘れないでおきましょう。
例えば奥穂高岳から穂高岳山荘までの区間(稜線ルート)、ここは滑落すると大事故につながる可能性の高い低木も生えない岩場です。
しかし、下り標準コースタイムはわずか30分
これに対して、穂高岳山荘から涸沢ヒュッテまでの区間(ザイテングラート)、前の区間よりは高度感も少なく部分的にハイマツの生える岩稜帯です。
この区間が下りは標準コースタイム2時間10分かかります。
ザイテングラートの方が危険度は少し低くなりますが、標準コースタイムで4倍も時間が多くかかるわけです。
事故の発生確率が相対的に低くても、途中で腰を据えて休憩する場所があまりないルートを長時間歩くことで、事故に遇いやすくなってしまうのではないかと考えてます。

これはもちろん、下山の後半になればなるほど疲れが溜まってくることや、集中力が途切れやすくなることなど事故につながる要因を簡単に説明できるものではないと思います。

それでもなお、稜線ルートよりもザイテングラートの方が事故が多いということは、遭難事故を防ぐ上でも重要な視点だと考えています。

ヤマレコ 山岳遭難マップ より
2017年以降の遭難発生地点が赤印で示されています

 

遭難が絶対に起こる場所、起こらない場所というものはありません。
しかし、「発生しやすい場所」は存在します。
なので、発生しやすい場所は「気を付ける」という意識も大事なことなのかもしれません。

ただ、私はガイドとして指導する上で重要だと考えて、ことあるごとに振れていることがあるので、ここでご紹介しておきます

「人間の集中は長く続かない」

「気を付けよう」と意識を張り詰めて行動することは、ここぞという時に単発的には有効なのかもしれません。
ただ、長いルートだと集中が続かないのです。
なので、私は「集中していなくても、安定して歩ける、登れる、下れる技術を身につけましょう」と話しています。

人間は意識しなくても歩くことが出来ます。
歩行は無意識で出来る運動なのです。

むしろ意識的に「気を付けて」歩こうとするととても疲れます。
そしてその歩行は長続きしません。

ガレ場などでスリップしないように「気を付けて」歩いている方も多いと思いますが、それは精神論で解決しようとしているだけで、根本的な解決にはなっていません。
スリップしにくい安定した歩行技術が身についていけば、少しずつですが「気を付けて」歩かなくても問題なく下ることが出来るようになります。
そう、「コツ」は歩行技術の中にあります。

「長年登山をしていても、いっこうに上手くならない」という方がいらっしゃいますが、具体的に動作をどう改善したらよいのか?手取り足取り総合的に教わったことはあるでしょうか?
「腰が引けないように」とか「岩から体を離して」といった断片的な指導を受けただけで上達できる人というのは、そもそも運動神経が優れた人です。
そうやって、運動神経が優れた人だけがステップアップし、そうでない方は篩にかけられて上達できないままになりがちです。
だから、理論的に歩行技術を学ぶことが何より重要なのです。

そのために必要な歩行技術を教えてくれる人がいないというのが大問題なのは重々理解しています。
これから少しずつ指導できる人が増えていくと思いますので待っていてください。
多くのガイドはガレ場もザレ場も緊張することなくスルスルと下れる人が大半です。
そして、その歩行技術を誰に教わるでもなく、理論的に理解するでもなく、無意識に習得してしまっているので、人に教えることが困難なのです。

私の場合も無意識に歩行技術を習得していましたが、出来ている人と出来ていない人の違いを観察し続けたことで、ようやく最近になって理論的に説明できるようになってきたわけです。

 

ということで、今回はほとんど前置きのような文章ですが、穂高のようなリスクのある急斜面を登り下りする上では、普通の登山道を歩くこと以上に安定した歩行技術が求められることはご理解いただけたと思います。

私のガイド経験としては、山のグレーディングの技術的難易度がA-Bまでのルートではあれば、安定した歩行技術を持っていなくてもそこまで危険な目には遇いにくいです。(それだけ歩きやすく危なくないルートであるということ)
しかし、C以上のルートは危険度が高まってくるため、歩行技術の差がより明確になってきます。

ちなみに奥穂高岳(上高地往復・涸沢経由)や槍ヶ岳(上高地往復)は「C」です。
北穂高岳(上高地往復・涸沢経由)は「D」です。

そこで、今後は技術的難易度「C から D」のルート、岩稜帯の岩場・ガレ場・ザレ場の急斜面に特化した歩き方の解説をしていきます。
更新間隔が空くかもしれませんがよろしくお願いします😊

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