先日、ネットの記事を読んでいて、以下の朝日新聞の記者の方の登山記に目が止まりました。
全文を読みたい方はコチラからどうぞ。
https://digital.asahi.com/articles/ASL8T6QZ6L8TOLZU001.html
その中で、「デジタル余話」という部分に、新穂高温泉から三俣山荘まで雨の中を1日で登った登山者が高山病で倒れたことが書かれていました。
高山病による遭難事例から、学べることの多い、興味深い内容だったのでまずはご覧いただきたいと思います。
記事の中に、高山病に至った原因になったことが類推できる「キーワード」が散りばめられているので、その言葉を探しながら読んでみてください。
<引用始まり>
デジタル余話
夏の大型休暇に北アルプスに登ると、高山病にかかり救助ヘリで緊急搬送される登山者を毎年のようにみてきた。この夏は2件の高山病事例を身近に見た。今回の鷲羽岳・水晶岳山行では、三俣山荘で言葉を交わし一緒にビールを飲んだ新潟市の40代の男性が夜になって体調の不良を訴えて岡山大学のボランティア診療所で診察を受け、急性の高山病と診断された。翌朝に富山県警のヘリで富山市内の病院に運ばれた。
この男性は新穂高温泉から妻とともに入山。私が2日かかってたどり着いた三俣山荘まで、雨の中を1日で登ったそうだ。山荘の寝床が私の隣だったことから、お互いに500ミリリットルのビール缶を手に「若い人は体力があっていいですね」などと話し込んだ。
男性の妻は「この人は振り返っても姿が見えないくらい遅れたんですよ」と笑って話していた。男性は疲れていたのだろう。口数は少なめでビールを口に運んでいたが、そのうち「診療所に行ってくる」と座を離れた。
男性はまず診療所で酸素吸入を受けたが、夜半には自力で酸素が取り込めないほどに症状が悪化した。命に関わる事態だった。強制的に酸素を送り込む装置は診療所になかったので、夜中に山荘経営者が登山道で双六(すごろく)小屋の富山大学診療所に借りに向かった。連絡を受けた双六小屋側も装置を持って三俣山荘に向かい、途中で受け渡し、間一髪で間に合ったそうだ。
高山病は睡眠不足や体調不良の場合は標高2500メートルくらいでも症状が現れることがある。この標高では空気中の酸素量は下界の4分の3ほどに減る。血中に取り込む酸素が減ると頭痛やめまいが始まり疲労感がぐっと増すそうだ。
<引用終わり>
高山病の原因ワード(1) 新穂高温泉から三俣山荘まで雨の中を1日で登った
このルートは登山地図に記載された標準コースタイムで9時間40分のルートになります。
夏は早朝4時頃から出発することが可能なので、この長い距離を標準コースタイムとほぼ同じペースで歩ける方であれば、14-15時くらいには三俣山荘に到着できます。
仮にそれよりも少しペースが遅くて標準コースタイムに対して1.2倍ペースだとしても16時、さらにペースが遅くても夏は日没が遅いので暗くなるまでには間に合う。
計画の中ではそう考えたのかもしれません。
しかし、夏山は気温上昇にともなって、午後は雨が降りやすく、行動時間が長いスケジュールを計画していると、雨の中行動する可能性が高まります。
また、朝早い出発のため、車中泊をしていたり、前日の就寝が遅いことなど、睡眠不足で登り始めなければならない可能性も出てきます。
また、同じ10時間のルートをほぼ同じペースで歩くのでも、首都圏近郊の山を10時間と、北アルプスの登山道を10時間では、全く負荷が違います。
標高が高い分、岩場やガレ場など足元が不安定な場所が多く、標高が高い分酸素が薄くなり、標高が高い分休憩時に体が冷えます。
さらに、雨が降って体が濡れた状態で長時間登山するとなると、肉体的な負担は高まります。
雨に降られていることを考えると、本来であれば手前の双六小屋に宿泊するなど、スケジュール変更を選択すべきでした。
このような環境での登山に慣れている方なら、計画通り行動しても問題ないと思いますが、おそらく、それほどの経験値はなかったのではないかと推測します。
それは次のキーワードからも読み取ることが出来ます。
高山病の原因ワード(2) ビール
疲れていて口数が少なくなっている人が、「ビール」、完全に自分自身に追い打ちをかけてしまっています。
雨の中で標高2500mを超える場所を歩いていると、夏でもそれなりに冷えますので、水分補給が少なくなります。
この9時間40分のルートで、体重60kgの方が補給すべき水分量の目安は、60(kg)×5(ml)×9.6(時間)=2,880ml と試算出来ます。
ずっと暑い中歩いていれば補給はしやすいのですが、体が冷えると暖かい飲み物以外を飲みたいと思えませんので、おそらく、この半分1.5L程度しか飲めていなかったのではないでしょうか?
体が冷え切って毛細血管が細くなった状態では、自分自身が水分不足であるという自覚はなかなか感じにくいのです。
しかし、暖かい室内に入り、服装を着替え、ビールを飲むと体温が上がってきます。
血管が拡張し、体内を巡る血液量が増えだしたタイミングで、体内の水分を奪う(利尿作用がある)アルコールしか飲まないと、体の中は深刻な水分不足に陥ります。
体液(血液)の循環が悪くなると、体中に酸素を送る経路が寸断されるようなものなので、そこからは坂道を転がる石のように、どんどんと体調が悪化していったものと思います。
登山の後のビールは確かに美味しいと思いますが、その日の自分自身の行動や疲れ具合、水分補給量などを考えて、飲む量やタイミングを冷静に判断する必要があります。
行動中の水分補給が足りなかった場合は、山小屋に到着してまず水やスポーツドリンクを飲むことが優先です。
ビールはあくまでも、嗜好品です。
登山に慣れている人なら、このような失敗は少ないと思いますが、それでも体調が優れない時や、体力低下が原因で、アルコールがきっかけで体調が悪化することもありますので、他人にアルコールを勧められたとしても、常に自分で考えて判断するようにしましょう。
高山病の原因ワード(3) 振り返っても姿が見えないくらい遅れた
奥様が先に歩かれていて、男性は遅れてしまっていたということです。
どんなに男性のペースが遅くなっても、見えなくなるまで先に行ってしまうというのは、登山の団体(パーティ)行動として間違っています。
急に体調が悪くなっても、すぐに対応が出来ません。
「先に行ってくれ」と言われても、先に行くのはNGです。
グループで登山をしていながら、ペースが遅い人をフォローすることなく、先に行ってしまうのは、私は「いじめ」や「ハラスメント」に近いとさえ思っています。
置いて行かれた方は、「遅れまい」と必死になり、ゆっくり自分のペースで歩くことはなかなか出来ません。
そうして、完全にバテていくのです。
男性がバテてしまったのは、半分は男性の責任ですが、もう半分は奥様にもあります。
この状況で、雨の中を三俣山荘まで歩く、山荘に着いてビールを飲む。
本人は疲れていて冷静な判断が出来ない状況だったとしたら、比較的疲れていない奥様の方が代わりに判断する必要があったと思います。
高山病予防は、何より水分不足を防ぐこと
高山病は標高が高い(酸素が薄い)ことが原因、というイメージが強いです。
ですから、ちゃんと呼吸して自分の足で歩けていれば、それ以外に危機感を感じない登山者が多いのではないでしょうか?
しかし、今回の事例のように標高2500mそこそこの山小屋、しかもそこまで10時間近く歩けた人が、これほどまでの重篤な高山病になるのです。
富士山でいえば6合目程度、この標高では酸素が薄いと感じる人も少なく、重篤な高山病になる人はほとんどいません。
でも、実際には2000mより上でも高山病になる方はいます。
ですから、酸素の薄さは原因の一つではあるのですが、日本国内の標高では主因ではないと私は考えています。
主因は水分不足(脱水)です。
水分が不足することで、内臓に負担がかかり、徐々に体調が悪化していきます。
そして、長時間の行動やハイペース、オーバーペースの行動になればなるほど、脱水の影響が体に出やすくなります。
ですから、水分補給の目安量を計算して、計画的に水分を補給することで、高山病は防げるとも言えます。
飲みたくても目安量ほど飲めない方は、飲み物の種類や飲み方を工夫してみたり、日ごろから対策を考えておくといいでしょう。
高山病も重篤になると命の危険に関わります。
そしてそれは、誰にでも起こるような些細なことが条件悪く積み重なって起こるということを忘れないで欲しいと思います。
★医学的な見地から、間違いがありましたら是非ご指摘ください。
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