以前から高山病と脱水の関係を発信して来ていますが、先日の槍ケ岳ガイドでも脱水が原因で高山病になる方がいて、改めて情報発信をした方がいいなと感じて、以下、Twitterでつぶやきました。
普段から水分摂取量が少なく、登山中も水分補給が少なくなる人ほど、高山に登ると、吐き気・嘔吐の症状が出やすい傾向があります。
— 野中径隆 MichitakaNonaka(Nature Guide LIS) (@natureguidelis) 2019年6月10日
このようなケースでは酸素の薄さ(気圧の低さ)が主因ではなく、どちらかというと脱水が主因になっています。
この辺のことを医学的に理解を深めたいです。
平地では特に体に異常が起こらないレベルの脱水症状でも、標高が高い場所だと体への大きな負担になります。
そして、この脱水が原因の高山病になりやすい人となり難い人がいる、このあたりは研究も少なく、情報発信も少ないのではと個人的に感じています。
日本国内では高山病研究が進んでいない?
私自身が日本国内の山しか登ったことがないので、国内の3000m級の山での高度障害しか実際に目にしたことがありませんが、一切起こらない人もいますし、その時の体調や、疲労具合などで高度障害が出る人、必ず高度障害が出る人、様々です。
ただ、これまでに見てきた高度障害の事例と、高所医学の情報を調べると、全く状況が違っていて、一括りに「高山病」と呼べないのではないかと感じます。
高所医学というとヒマラヤなど海外での高所(5000m以上?)に登る特殊な登山者のケースが中心に研究されてきているように思います。
高所登山では高山病対策として「ダイアモックス」という薬が話題になりますが、国内の3000m級の登山で使うの必要性は低いと考えています。
私がこれまで見聞きしてきた高山病(高度障害)は、2000-3000m級の山で起こっていて、特に重症化したケースほど呼吸器よりも循環器側に問題が起こって体調が悪化しているケースが多いように感じています。
どんなに深呼吸を繰り返しても具合が良くならないことがあったり、吐き気・嘔吐を生じる方ほど、登山中の水分摂取量が少ないのです。
もっとも、私が目にしている高山病の症例は、全て私のガイドに参加した皆さんです。
ガイドツアーのゆっくりしたペースで歩いていれば、呼吸器系(酸欠)が原因で高山病になる登山者が少ないのは当然のことです。
逆に言うと、登山初心者ほどガイドの引率がないとハイペースになって、高山病になりやすいです。
登山に慣れていない人が多く登る山域(富士山など)ほど、高山病になる人が増えるのも当然のことなのです。
登山に慣れてくれば、自分のペースで歩くことが出来るようになりますし、そもそも酸欠で登り続けると明らかに苦しいです。
ですから、酸欠が原因での高山病は、登山に慣れた人ほど起こり難く、その分脱水が原因での高山病だけが、リスクとして残ってくるのではないかと思っています。
大切なのは重症化を防ぐこと
高山病で最も現れやすい症状は頭痛です。
軽い頭痛から歩くのもしんどいほどの頭痛まで、程度に差はありますが、水分補給や食欲に影響が出なければ、軽症と言えます。
高山病で本当に気をつけなければならないのは、強い吐き気が起こって水分補給も出来なくなるほどに重症化することです。
脱水が起こっているのに、水分が飲めないと回復に時間がかかります。
私の経験から3-6時間程度、吐き気が続きますので山小屋滞在中であれば、一晩中まともに動けないことになります。
このような状況で、酸素の薄さや呼吸が主因ではないと、酸素吸入をしても、深呼吸してもなかなか症状は改善しません。
先日の槍ヶ岳でもこのような症状になった方がいましたが、パルスオキシメーターで血中酸素飽和度を図りましたが98%と正常で、むしろ体調を崩していない他の方が70%台だったりしました。
このようなことから、水分補給が上手に出来ない体質や、気圧差や疲労、寒さで循環器が正常に機能しにくくなる体質などが、高度障害による体調の悪化につながっていると考えています。
5000mを超える高所登山と異なり、日本国内の山の標高では「確実に高度障害が出る人」は少数派であることから、どうしても、研究が進まないのかもしれないと感じています。
脱水が体にダメージを与えるメカニズム
脱水が高山病のリスクになることは、良く知られていますが、そのメカニズムを解説した文章を見たことがありません。
そこで、これまでの経験から個人的に推測しているメカニズムについて触れておきたいと思います。
まず、運動時は平地であっても、細胞への酸素の取り込みが少ない状況(低酸素下)では、乳酸が多く生成されやすくなります。
特に標高の高い場所での登山に慣れていない方ほど、登山時に多く乳酸が生成されます。
乳酸が蓄積すると、血液が酸性化しはじめ、これにより筋疲労が起こるというメカニズムがありますが、これには医学界では異論もあるようです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/51/3/51_3_229/_pdf
個人的な考えとしては、乳酸は速筋を使うことで生成され、遅筋のエネルギー源になるとされていますので、速筋の多い体をしている方は乳酸が蓄積しやすいのではないかと考えています。
また、一般的に人間は体重の60%が水分(体液)とされていますが、脱水が進むと、体液の濃度が濃くなるため、体液が酸性化しやすくなり、一過性の乳酸アシドーシスに近い状態になってしまうのではないかと考えています。
(実際の乳酸アシドーシスは致死率50%とのこと)
しっかり呼吸をして肺で酸素を取り込んでいても、脱水によって血圧の低下が起こっていて、体液バランスが崩れ、血液循環が正常でなくなるため、動かしている筋肉だけは血液が流れて酸素が供給されますが、使っていない内臓には血液循環が滞り、酸素供給量が減ってしまいます。
こうして最初に胃腸に症状が出ることが多いようです。
最初に食欲不振にはじまり、吐き気・嘔吐といった症状があらわれるのはこのためと考えられます。
また、酸素欠乏だけでなく、脱水でも内臓に負担がかかりますので、上記の3つの症状と共に、下痢になるのも脱水が原因になっている可能性が高いです。
一度胃腸などの内臓に異常が起こってしまうと、水分補給を行っても、体が受付けてくれないために、回復にとても時間がかかってしまいます。
このような時は、嘔吐があったとしても、出来る範囲で水分補給をするしかありません。
経口補水液を飲めるのが一番ですが、登山中だと水かスポーツドリンクで、経口補水液に近い物を飲むという選択肢しかないかと思います。
重症化を防ぐためには頭痛薬・酔い止め薬を飲まないこと
高山病を一度経験してしまうと、頭痛や吐き気に襲われることが怖くて、ついつい薬に頼ってしまう気持ちは分かります。
しかし、薬を飲むことで、一時的に頭痛や吐き気を感じなくなることって、とんでもなく怖いことなんですよ。
頭痛や吐き気は、体に異変が起こり始めたシグナルです。
「もっと深呼吸しろ!」「水分しっかりとれ!」という体からのメッセージです。
なので、そのシグナル・メッセージは早く受け取って、早く対処するべきなのです。
そのシグナルを受け取らないで無理をして行動した場合、その後さらにもっと酷い症状が待っているかもしれないのです。
ガイド中に私がお伝えしていることは、薬を「飲むなら登るな」「登るなら飲むな」です。
登山を断念して下山する人が、どうしてもシンドイから薬を飲むのは構わないと思っています。
標高を上げて、より酸素が薄い場所に挑もうという人が、痛み止めや吐き気止めなどのクスリを飲むことはやめてほしいと思っています。
頭痛や吐き気の先にある、高山病の重症化に至ると、意識を失ったり、自力歩行が出来なくなったり、最悪死にます。
高山病(高度障害)は分からないことが多いです。
だからこそ、日本国内の症例を元に、もっと研究が進んで欲しいと思います。
最後に、私が考えた脱水→高山病のメカニズムはあくまで、医学素人の私見です。
間違いがあれば、訂正します。
何か情報があれば、是非お寄せ下さい。
高度障害に脱水が影響するメカニズムを解説した文章をどなたかご存じの方はいないでしょうか?
— 野中径隆 MichitakaNonaka(Nature Guide LIS) (@natureguidelis) 2019年6月10日
論文などがあれば読んでみたいです。
もしないのであれば、こういう基礎研究が進むと多くの登山者の役に立つと思うのですが。