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3/10にラブリーのことを報告したけれど、その続きを書こうと思いつつ、書き忘れていた。

言葉にすることは辛いから、無意識のうちに、忘れようとしていたのかもしれない。
当たり前なのかもしれないけど、一ヶ月が過ぎても、まだ自分の中では落ち着かない部分がある。

そもそも、ラブリーがいないってことがどういうことなのかが良く分からない。
きちんと、「今」を見つめるために書いておかないと思うので書きます。

ラブリーが急死した3/8、夜遅くに母が駆けつける。
母とのバタバタは既に書いたので省略します。

なかなか眠くもならなかったので、母を布団で寝かせた後、台所に置いたベットで眠るラブリーの横にマットを敷いて、寝袋に入る。
一緒に寝るのもこれが最期だと思うと不思議な感覚を覚える。

だって、ラブリーはそこでいつものように半目を開けて寝ているのだ。(犬って目開けて寝てるときありますよね?)

いつものようにイビキをかいたりしそうなのに。
ラブリーのことを思いながらいつの間にか寝ていたのだった。

翌9日、朝一番で動物病院へ。
ラブリーの体を解剖してもらうつもりで相談に伺ったのだ。

死因を特定したところで、何にもならないことは分かっていた。
でも、ここまで急激な病状の悪化があったにも関わらず、レントゲンや超音波検査、血液検査でもはっきりと病状が特定できていなかった。

だから、解剖をして病気の疑いのあった腎臓や脾臓を確認して、今後の獣医学の研究に役立てて欲しいと思った。

それと、ガンであったのかどうかが知りたかった。
父を高校生の時にガンで失っている。
だから、ラブリーの死因がガンだったのかどうかは、是非知っておきたかったのだ。

午後一番に解剖してもらうことになり、元の家に立ち寄って少し荷物を積んで新しい家に帰る。
お昼前に連絡が付いた元カノのMさんに、ラブリーの死を伝える。

大学時代から5年間、僕と付きあっていた彼女は、同時にラブリーの母親役でもあった。
ちょうど彼女もこの日が休みだったので駆けつけることになった。

午後ラブリーを連れて母と動物病院へ。
夕方に火葬してくれる業者を探して、予約を取った。

病院の待合室で待ち、解剖の途中に呼ばれて、3回ほど処置室に入って、立ち会う。
ラブリーの腎臓、脾臓、肺の様子を見る。
見たくて見るものではない。

でも、自分自身の目で、きちんと見ておかなければならないと思った。
それが、ラブリーの身に起こった現実なのであれば、どんなに苦しくても、自分の目で見ておく必要があるんだと自分に言い聞かせた。

夕方、葬儀社へ。
現地でMさんと合流。

ラブリーと悲しみの対面。
人と人は、お互いの都合で付き合ったり、別れたりする。

でも、ラブリーにとってはそんなことは関係なかったに違いないと思う。
ラブリーの人生の中で、僕以外では最も長く傍にいたのが彼女であり、きっとラブリーも最期に会えて喜んでいたのではないかと思う。

火葬する前にラブリーと最後のお別れをする。
柔らかい毛並みに触れがら、もう二度とラブリーと会えなくなることに大きな不安を感じる。

炉の中に入るのを見送ると、涙が止まらなくなった。
号泣ってこういうのを言うんだろうね。

その後、待合室で待つ。
大型犬なので、火葬には予想以上の時間がかかった。
火葬が終わって骨を拾う際に、係りの方が骨の説明をして下さる。
犬歯と爪の骨を分けて、お守りにすることが出来ますとのこと。

後で、カプセルを買って、爪をMさんと母、弟の分に、犬歯は僕が持つことになった。
骨壷だって、人間のものと大きさは同じ、持つのも重い。
こうして長い一日が終わった。

しばらくはラブリーのハウスがあった場所に、テーブルを持ってきて骨壷を置いていた。
今は直接日差しのあたらない場所に移した。
当初は骨壷をずっと家に置いておきたい気持ちだった。
でも、最近はなるべく気持ちを切り替えるためにも、土に還すタイミングを早くした方がいいような気がしている。

ラブリーの治療のために、もっと時間を使っておきたかったという後悔の念はおそらく一生消えないだろう。
それと同時に、あの暖かで優しい存在と共に歩んだ10年間の思い出も残り続ける。

悲しみも喜びも、全てを自分の胸の奥に大切にしまって、そこから。
そこから、人は優しくなり、深みのある「大人」として成長していくのかなぁと思っている。

一ヶ月経って、シンドさのピークは過ぎたと思う。
前にも書いたように、どんどん自分の感性の赴くままに、好きなことをやろうと思う。

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