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「ただいま」  杜の家では、せっちゃんとおじじが暖かく迎えてくれた。  FOSのコースは今日までだが、今晩はマサと糸ちゃんと共に杜の家に泊まる事にしたのだ。  洗濯をし、濡れ物を干して、風呂に入る。  五衛門風呂に入りながら聞く脇を流れる沢の音。  他の宿泊者もおらず、町のにぎやかさからも遠い。  あれだけ濃厚な時間を過ごした後、続く余韻に浸るには素晴らしい環境だ。  夕食はトビウオの刺身が新鮮でとってもおいしかった。  お腹を満たした後は、糸ちゃんとマサと歩いて湯泊温泉へ。  ここはコンクリートで整備された湯舟と、自然に湧き出たお湯を利用した磯の湯がある。  まずは波打ち際の近くにある磯の湯舟に向かう。  磯の岩にちょうど二人ほど入れる大きさの窪みがあり、ここにお湯が溜っていて、まさに天然露天風呂なのだ。  すぐ脇で服を脱いで湯につかる。こういうことが出来るのが男の特権だ。  海水と混ざって少しぬる目の湯加減だったが、のんびり月を見ながら入るには丁度良い。  しかし、さすがに体が一向に温まらないので、もう一つの湯舟へ移る。  先に入っていたマサ、僕、糸ちゃん、他男性二名の計五名で、ほとんどゆとりがなくなる程の大きさ。  これと同じ大きさのスペースが竹柵を隔てた向こう側にあって、女性用となっている。  月明かりだけの照明の無い場所とはいえ、脱衣所もなく、湯船の中を柵が仕切ってあってお互いが見えないようになっているだけだ。  当然ながら観光客も地元の人も夜に集まってくる。  糸ちゃんとマサが先に上がるも、長湯をして地元のおじさんと少し話をして杜の家に戻る。  帰路、月明かりに見た「がじゅまる」の木が印象的だった。  今にも動き出しそうな迫力があるのだ。  部屋に帰ってからは荷物の整理をし、ハンモックに揺られて眠りについた。  翌日は糸ちゃんがフェリーで島を離れ、僕は単身山に出発することになっていた。  台風23号で屋久島に予定通り入れず、鹿児島で予想外の四日間を過ごした結果、FOSのコースの前に登山が出来なかった。  さらにこの時、立て続けの台風24号が南日本に迫っていたのだが、勢力もあまり強くないので、とにかく入山してみることにした。  置いていく荷物は100Lザックに詰め、マサに頼んで、下山後に立ち寄る「晴耕雨読」に運んでもらうことにする。  入山はマサのススメもあって花山歩道からにする。  鹿之沢小屋まで行けばそこで停滞して台風をやり過ごすこともできる。  縦走して宮之浦側に下山してもいいし、途中で花山歩道を引き返してもいい。  どちらにするかは一泊してから天気を見て判断をすることにする。  屋久島での宿泊用で持参したツエルトや寝袋、食糧をつめたザックを用意しマサの車に乗り込む。  僕の出発を見送るため、シンシアと糸ちゃんも同乗。  大川の滝付近から林道に入り、花山歩道の登山口に向う。  登山口ではマサ、シンシア、糸ちゃんとそれぞれ別れの挨拶をする。  なんとなく淋しいような気もしたが、ようやく、屋久島の山に一人で入ることが出来る喜びの方が勝っていた。  歩き始めると、先日の台風のせいか、倒木が目立つ。  登山口が不便なせいと、この台風が近づいていることもあってか、他の登山者の姿はない。  縄文杉、白谷雲水峡などの主要コースとは異なり、自然のままの「歩道」(屋久島では登山道のことを歩道とよぶ)が続き、味わい深い。  傾いた枝や、倒木の下を潜る場面もあり、その度に頭を垂れて、進む。  FOSのコースの続きで、のんびりあじわいながらゆっくり歩いていたことと、出発も早くはなかったこともあり、この日のうちに鹿之沢小屋に行くのは難しくなった。  悪天を予想すれば、あまり高い位置でのビバークは避けたいので、「花山広場」あたりでビバークを考えながら進む。  花山歩道は尾根にそって進み午後四時頃、花山広場あたりに到着する。  広場という名前はついているものの、特に何もない。  少し平なスペースが広がっているだけだ。  本当にここが花山広場なのか確信が持てず、しばらくその先を歩いてみるがいっこうに平な場所がなく、先ほどの広場に戻る。  この広場の隅の平な場所でビバークすることを決め、荷物を置きツェルトを張って、早速水汲みに行く。  地図に水場のマークが書いてあり、広場の北側を少し降りたところに沢が流れている。  この沢は大川に流れ込む枝沢の一つで、このあたりでは深いところで膝下くらいの水位でゆったりと透き通った水が流れている。  少し上流側に回り、倒木に乗って沢の水をすくう。  持参したプラティパスとナルゲンを満たすと、ツェルトに戻ってお茶と夕飯をつくる。  見上げてもその全貌が掴めないほどの巨樹の森。  ただ、この空間にいること、独り占めできていることで、ひしひしとした喜びを味わう。  もっと森のなかを歩き回りたかったが、既に暗くなり、小雨もちらつき始めたのでツェルトの中で過ごす。  見たこともないくらい大きな蟻がツエルトの中まで入ってくる。  すばしっこく動き回り、食糧の袋にまで侵入されないように時折追い払う。  ラジオで台風情報を聞くも今いち状況が掴めない。  この森に来れたことだけで十分満足しているから、奥岳まで行けずに明日下山することに悔いはない。  (屋久島では中央の山岳地帯を「奥岳」、集落のある海沿いから見える手前の山を「前岳」と呼ぶ。)  台風が来るのだから無理はしないようにと思いつつ、明朝進退の決断をすることにして眠りについた。  明朝ものんびりと起床する。  まだ台風が近付く前なのか、島の西側にいるせいなのか、台風による風雨もそれほど激しくない。  しかし、風に揺れる樹々を見上げていると「おまえがいられる場所ではない。早く帰れ」と言われたような気がして、撤収を急ぐ。  この森に名残惜しさを感じながらも、また来るさと振り切って出発する。  雨は樹々が受け止めてくれているので、雨具のパンツだけを履いて、折り畳み傘を差して歩く。  昨日は鼻唄交じりの歩きだったが、今日は先程の「声」に急かされるように足早に歩いた。  しばらく歩くと、空から低くゴロゴロと音が聞こえる。  昨夜の天気予報では、種子島・屋久島地方には出てなかったが、大隅地方には雷注意報が出ていたのを思いだす。  さっきの「声」はこのことかと思いながら、なるべく早く尾根から下に降りようと思い、さらに早足で歩く。  尾根からはずれるといつしか雷の音も聞こえなくなり、ほっとする。  昨日マサ達と別れた花山歩道の登山口に着き、休憩をとる。  いつしか雨も止み、長い林道を歩いてゆく。  台風が去ったわけではないだろうが、山の中と下界との天気の差に、この島の奥深さを感じる。  昨日拾った杉の枝をずっと杖代わりに使って歩く。  やがて、屋久島を一周する県道に出る。  アスファルトの上を歩き出すと、パラパラと降りだした雨が一気にスコールとなる。  後で分かったことだが、この時台風は屋久島と九州本土の間を通り抜けていくところだった。  風向きが変わったのか、横殴りの雨と風が叩き付けてくる。  折り畳み傘が吹き飛ばされそうなので、雨具上下を慌てて着る。  とりあえずバスの出ている栗生まで歩くしかない。  ヒッチハイクという案も浮かんだが、ずぶ濡れの体では申し訳なくて出来ない。  降りしきる雨の中、もくもくと歩いて栗生に到着。  無事下山してきたことを彼女やマサに伝えようと思うのだが携帯電話は圏外。  集落の中心に公衆電話は見当たらない。  小さな商店を見付け、軒先をお借りして着替える。  公衆電話が近くの民宿の玄関にあると聞き、荷物を置いて電話をかける。  秦野にいる彼女に、次にマサに連絡する。  湯泊まではDoCoMoの携帯の電波が通じるエリアだが、杜の家の中までは届かない。  しかし、この時たまたまマサが外出していたため、マサへの電話が通じた。  無事下山したこと、マサが僕の荷物を移動しておいてくれた晴耕雨読にバスで向かうことを伝え、電話をきる。  次のバスまで一時間ほど時間があるので、雨宿りのお礼に商店でパンとおかしと缶ジュースを買う。  雨宿りを兼ねて栗生橋の下でのんびり食事をしようと思って道を歩いていると、マサの車が突然現れた。  電話を切ったあと「やはり」と思って車を走らせ迎えにきてくれたのだ。  「杜の家に泊まっていかないか」とのマサの言葉にうれしくなる。  晴耕雨読は明日の最終夜の分しか予約していない。  着替えもあるので迷うことはない。  こうして長かった丸一日の一人旅を終えて、せっちゃん、おじじ、シンシアのいる杜の家に帰ったのだった。  家に着いて皆へ「ただいま」と挨拶。  この時、一人の旅行者から、屋久島の一員に少しだけ近付けたような気がした。
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